ミュラー筋タッキングの例
術式選択の際、当院では矯正力の高さ(まぶたを挙げる力)、結果の安定性(再発の少なさ)の観点から挙筋腱膜前転を第一選択としています。しかし、以下に述べるような状況の場合、挙筋腱膜前転ではなくミュラー筋タッキングを選択することがあります。その選択のポイントについて説明します。
まずミュラー筋に比べて挙筋腱膜のほうが下垂の矯正力が高い傾向にあるため、軽度の眼瞼下垂例では、微調整が重要視される観点からミュラー筋タッキングの良い適応となる場面があります。またあまり知られていないのですが、時としてミュラー筋のほうが牽引力が強い例があり、その場合にはあえてミュラー筋タッキングを選択することがあります。
まぶたの生理的カーブ形状の出しやすさの点ではミュラー筋が非常に優れており、挙筋腱膜を用いての定量の際、カーブ形状が急峻となる場合にはミュラー筋タッキングに切り替えるようにします。
その他、術前にドライアイを有する例では術後のまぶたの閉じやすさは眼表面の安定において重要であり、柔らかい筋であるミュラー筋を用いるほうが有利です。特に先天下垂の要素があるまぶた(組織が硬い)では閉じやすさを優先してミュラー筋タッキングを選択することがしばしばあります。一方、術後の一過性の戻りはミュラー筋タッキングの懸念点であり、その対策として症例写真のようにやや過剰ぎみに挙げておくことも戦略のひとつになります。
余談ですが、本術式は眼科医の間ではよく施行されている一方、形成外科の領域ではほとんど行われていないようです。ミュラー筋は自律神経の一つである交感神経支配を受けており、ミュラー筋に傷を付けることは自律神経に関連した有害症状を引き起こす原因になると考えられているためです。しかし、実際にそのような合併症について明確に記した報告は現在までに存在せず、眼科医のほうではミュラー筋障害による症状に対しては非常に懐疑的な見方をしています。この点に関しては今後の研究が待たれるところです。
2023年09月15日 07:14